あの日、ピッチの上で感じた衝撃を私は一生忘れることはないでしょう。後半残り十分、右サイドから中央へ切り込もうとした瞬間、相手ディフェンダーの足が私の軸足に深く入り込みました。次の瞬間、右足首の外側で「グシャッ」という嫌な感触があり、私はそのまま地面に倒れ込みました。激痛というよりも、足首から下が自分のものではないような、熱い感覚が全身を駆け抜けたのを覚えています。ベンチに運ばれ、ソックスを脱ぐと、すでにくるぶしの周りはピンポン玉を半分に切って貼り付けたように大きく腫れ上がっていました。チームのトレーナーからは「これは重度の捻挫だね」と告げられ、その日はアイシングと圧迫処置を受けた後、松葉杖をついて帰宅しました。翌朝、目が覚めると足首はさらに黒紫色に変色し、床に足を下ろすことさえ不可能なほどの痛みが襲ってきました。すぐに整形外科へ向かい、レントゲンとMRI検査を受けた結果、前距腓靭帯の完全断裂、いわゆるグレード三の捻挫との診断が下されました。全治三ヶ月。サッカーを始めて以来、これほど大きなケガをしたことがなかった私は、絶望感で目の前が真っ暗になりました。最初の二週間は、取り外し可能なシーネによる固定が行われました。何をするにも不自由で、お風呂に入るのにも一苦労し、チームメイトが練習に励む姿をSNSで見るたびに、取り残されたような孤独感に苛まれました。しかし、医師から「この時期の固定が、将来のパフォーマンスを左右するんだ」と言われた言葉を胸に、私は徹底して安静を守りました。三週目に入り、少しずつ痛みが引いてくると、理学療法士さんとのリハビリが始まりました。最初は足の指をグーパーと動かすだけの、もどかしいほど小さな動きからのスタートでした。しかし、これが衰えかけた足裏の筋肉を刺激し、脳に足の存在を思い出させる重要な作業なのだと教わりました。四週目からは、バランスボードに乗って片足立ちをする訓練が加わりました。最初は数秒も持たずに足をついてしまいましたが、毎日繰り返すうちに、足首の周りの細かな筋肉が連動して体を支えている感覚が戻ってきました。この時期に学んだのは、捻挫は単に靭帯が切れるだけでなく、関節の「感覚」を破壊するのだということです。靭帯の中にある神経のセンサーが壊れてしまうため、自分の足が今どのような角度で地面についているのかが分からなくなってしまう。リハビリとは、その失われたセンサーを再構築する作業なのです。二ヶ月が経過する頃には、ジョギングが許可されました。久しぶりに踏みしめる土の感触に、涙が出そうになったのを覚えています。サポーターを装着し、慎重に距離を伸ばしていく中で、私は自分の足首への意識が以前よりも遥かに研ぎ澄まされていることに気づきました。再発を防ぐための体幹トレーニングや、股関節の柔軟性を高めるストレッチも欠かさず行いました。そして迎えた三ヶ月目の復帰戦。私は以前よりも力強いステップでピッチを駆け抜けることができました。この捻挫を経験したことで、私は自分の体がいかに繊細なバランスで成り立っているかを知り、日々のケアの大切さを痛感しました。